マダガスカル文化

マダガスカルの歴史

マダガスカル人の起源については何十年も前から議論の対象となっていましたが、最近の学際的な調査報告では、最初に島に定住したオーストロネシア語族を起源とする説が強力であると報告されました。

しかし何よりマダガスカルの歴史は、良くも悪くも移民と異文化の歴史であると言えます。その豊かな歴史は、紛争、敵対、障壁だけでなく、素晴らしい発見や文化交流、人的交流、また意外な友情を特徴としています。何千もの宝物と無数の欲望と欲求が詰まったこの島国の歴史、そして強くて勇敢な人々の歴史は、「母なる自然」と人間らしさに満ちています。

およそ2,000年前に島に定住した最初の住民から、この長く大規模な激動の移民物語は始まっています。アラブ商人たちはまばゆいばかりの島の東海岸に魅せられ、インドに向かう途中の思わぬ横風により島で最初のヨーロッパ人がマダガスカルに辿り着き、そして驚くほど豊かな島の天然資源に惹き付けられたポルトガル、フランス、オランダ、イングランドからやって来た探検家たちは、その領地を手に入れるために拠点を築こうと試みました。しかしこの一連の試みは、自分たちの愛する土地を守ろうとするマダガスカルの戦士達の粘り強い抵抗により、失敗に終わりました。

ヨーロッパ人がようやくマダガスカルでなんとか地盤を築きだしたのが17世紀。それから1世紀もしないうちに、サカラバ族により最初のマダガスカル王国が設立されましたが、目の敵である敵国メリナ帝国の抵抗により急速に衰退していきました。メリナ帝国国王であるラダマ1世は、イギリス人伝道者によりキリスト教のシステムや書記法を導入させ、国の貴重な文化遺産や風習を守りつつ、欧化政策を進めました。

実際は、もともと心が広く勉強熱心で好奇心の強いマダガスカル人は、大歓迎はしないにしろ、少なくとも独特の文化的開放性を持って、侵略、征服、植民地化運動を受け入れました。もちろん、土地の伝統を阻害するような抑圧は彼らにとって負担となり、ライフスタイルにも一定の影響を及ぼしました…しかしそれでも彼らはすぐに、自分たちの土地の文化の発展のため、断続的な異文化間対立から学び、潜在的利益や成果すべてを統合し、それに適応し、自分たちの習慣、風習、慣例、知識とノウハウをさらに良くするためにそれを活用する術を身に付けました。

この島はその後、約15年間フランスによって植民地化され、1958年にはフランスの保護下で最初の共和国として認められ、その2年後の1960年7月26日に独立しました。これまでマダガスカルは2010年に始まった現在のものを含め、4つの共和制を経験しています。この偉大な島は、過去20世紀に渡りアフリカ、東南アジア、中東、ヨーロッパなど全大陸の様々な文化や人々、そのバックグラウンドによって形作られ、今日の信じられないほど豊かで多文化な社会へとなりました。

もちろんこの巨大な島国はまだ、経済、政治、社会の問題など日々多くの課題に直面しています。しかし、彼らは情熱と寛容な心を持ち、住民たちと行政機関とが共に平和と発展に向けた長い旅を続けています。彼らの心の国、この誇るべき楽園のために…。

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